たぶん絵的なBLOG

画材店の店主がつづる絵画や画材のあれこれ

2006-09-01から1ヶ月間の記事一覧

言葉というもの

今日たまたま(昨日というべきか)、アルゼンチンのナディアという少女を追ったTV番組を見た。何か見たい番組をねらってTVをつけることはほとんどない。この番組も途中から何気なく見た。 昨年度からシリーズで放送されている「もし世界が100人の村だっ…

植物より出でていながら

植物は寛容な生き物だ。自己という個を意識することなく脈々とその命を、途絶えることなく鎖のようにつなげてきた。一年草という植物がある。春に蒔かれた種子は秋には開花して、結実する。草木一本を見れば、気候の暖かい夏の間の、あっという間の生命の姿…

その2

感動とは、のせられてしまうことだと思う。 相手は手練手管を使っているかもしれない。 でも結局こちらはのせられてしまって、相手に身をゆだねる。 こころが揺さぶられるという。まさに、相手の意のままにこころが動かされてしまう。 ジェットコースター体…

不確かな想像

絵を描いていて思う。気持ちのよい絵とは、間違いなく揺らぎを含んでいると。 でもそれを人に伝えようとしても、おそらく伝わらないと思う。 だから、これまであまり口にしたことはない。でも、それは確かだと思えて仕方ない。 たとえば、そのような絵の反対…

人身受け難し

いくら懸命に考察してみても、この自分という存在が自分であることの説明、理由、その根拠は明らかにはならない。気がついたら自分だったというのが正確な事態だと思われる。気がついたら自分は男性であり、この身体であり、この頭脳だったということだ。自…

それはいったいなんだろう

宗教は阿片だという言葉がある。正常な判断力を惑わせて、奇妙な教義に人々を閉じ込めることを言ったものだと想像する。まともな人々がいて、一方不可解な宗教というものがあって、まともな人々が教義に囚われていく。その様子を見ている自分がいる。いわば…

ある番組で

昨晩、何気なくまわしたNHKのトップランナーという番組。途中からしか見ていないが、出演していたソプラノ歌手の森麻季さんの話にグイグイと惹きこまれてしまった。波乱万丈という話があるわけではないのだが、なんというのだろう、森さんの人柄がにじむ語り…

健康診断を受けた

週末金曜日は、特別休暇をとり人間ドック入りした。朝の7時半から午後3時近くまで、ありとあらゆる検査をしてもらった印象だった。検査中、こちらが特別動くことはないので疲労するというのは変なのだが、すべてのメニューが終わりドッと疲れたというのが本…

植物の根は

東京でも、夜になると冷え込みを感じるようになった。いつもは開けっ放しの窓も少し閉めた。 それで思い起こしたのだが、先の冬の寒さは厳しかった。暖房したハウスの中も、零下8度くらいになることがあった。いくら水切りをしていても、寒さに弱い多肉植物…

久石譲『感動をつくれますか?』

またまた久石さんの著書に関して感じたことなどを。 クリエイティブな人というのはどういう風にものごとを捉え、感じ、何に向けてアクションを取るものなのか、その内燃機関を目の当たりに見てきたという気持ち。読了していちばんの収穫は、この体験だったと…

夜をひとりで

娘は仲のよい友人と箱根の彫刻の森美術館に出掛けて今日は帰ってこない。家内は夕方、サークルの集まりだか何かで出掛けている。自分は、自宅にいて(あまり出掛けない方だ)、ひとりサボテンや多肉植物の植え替えをしている。土の乾きが悪くなったり、用土…

絵になる

気持ちよい風景を目の前にしたとき、「絵になるところだなぁ・・・」と思わず言ってしまう。しかし絵を描かない人でも使う言葉だから、よく考えると「絵になりますね」という言葉は不思議だ。また、何を以って絵になるとか、絵にならないと判断しているのか…

ワクワク感

本を読むとき、気に入った文章や素敵な言葉に出会うと、そこにポストイットをつけていく。久石さんの『感動をつくれますか?』を読んでいると、毎ページいろいろな新鮮な言葉に出会うので、いまやポストイットだらけ。 引き続き、久石さんの言葉から。 自分…

[思索]やはり変人なのか、画家は・・・

久しぶりにゾクゾクする本と出合った。久石譲さんの『感動をつくれますか?』。 本を買うとき結構ためらう方で、何週間にもわたり買おうか買うまいか迷うことも少なくない。そのうち買いそびれてしまうこともある。 久石さんの本は手に取りページを開き、目…

行列に並ぶ

8月下旬に、長野の方で激しい雷雨が続いたそうだ。聞けば、自宅のすぐ近くにも落雷があったらしい。週末、長野にもどったらパソコンの調子がおかしくなっている。プロバイダに接続できない。したがってメールもネットもつながらない。ケーブルモデムの電源…

文章と図形

どんなことがらも脳を介さなければ、それを思い浮かべることができないのだから、全ては脳内現象、脳の中を走っているパルス列に帰着されるというのが、茂木健一郎さんの考えだった。 ボクはつねづね思うのだが、眼から入る情報を処理する脳と、耳から入る情…