たぶん絵的なBLOG

画材店の店主がつづる絵画や画材のあれこれ

勉強、どこまでも続く道

勉強するということには限りがない。終着駅なんてものはない。
上には上がいる。
そのことが分るようになったということは、
そうとう勉強が進んだということ。
ちょっと分るようになると、マスターしてしまった気分になる。
胸を張るような気分で、どんなものだと思ってしまう。
この段階がいちばん危ないと思う。
独学でやってきたときにはなおさら。
自分のレベルをかなりのものだと思った途端、
もう上を目指す気持ちがなくなる。
ガツンと他からやられない限り刺激がない。
だから征服した気分ばかりがこだまする。
勉強しなくなったということは、諦めたということ。
意欲を失ったということ。
勉強は終ることはないのだから、どこかで途中下車したにちがいない。
もういいやと諦めてしまったにちがいない。
師匠の存在はとても重要。
いつも自分のレベルがまだまだだと自覚できる。
師匠についてじっくりと勉強してくる人はこわい。
どこまでも進歩していくようで、たとえ歩みがゆっくりでも
確実に進んでいく。
自分の欠けているところ、弱いところを見ている人がいるのは
とても大切。
難しいのはどの方向に進んだらいいのかわからなくなること。
こんなすごいことをする人がいると知るだけでもいい。
そのことが分かれば分っただけ、上があるのだと謙虚になる。
自分より図抜けた人のことは計りにくい。
なにか茫洋としてとらえどころがない。
自分にない要素を持ち、自分にない世界を見ている人のことは
推し量る手段がない。
ここに記したことがらは、スポーツにおいても当てはまるし
コンピュータソフトを学ぶ上でも共通している。
園芸だって同じ。
習った先生も、さらに上の先生にやはり習っているということは
よくある。
終わりがないのだな、諦めない限りは。

***

今年は庭のヤマボウシの花がよく着いた。
近隣でもいま最盛期という感じであちこちで咲き誇っている。
このヤマボウシはやや大柄な花(ガク)で先が尖っている品種のようだ。
赤花の品種もある。

庭の隅のコノデカシワの根元に、ニリンソウが咲いていた。
これはイチリンソウかもしれない。よくわからない。
かわいらしい花だが目立つ花だ。