たぶん絵的なBLOG

画材店の店主がつづる絵画や画材のあれこれ

異星人その2

人はそれぞれ、心の中で自分の思いや呟きを抱きながら生きている。それをとくに発表するでもなく、発表しないことにべつだん疑問を抱かずに生きている。外見から見えるその人なりのあり方と、その人が抱いている思いとは、かなり乖離している場合だってある。いやいやほとんど一致などしていないのだろう。


そもそも自分という存在が、どんな風に見られているのかそれを深く考えることなどない。ただ省察を長年重ねた場合のみ、自分という存在が世間でいかほどのものなのか、どんな風に見られてしまうのかを推察が出来る。


ひとの思いが図らずも何かの機会に外へ出てしまって、この人はそんなことを日ごろ考えていたのか、と驚くことがある。その人の「真実」に触れてしまう瞬間だ。急に身近に感じるようになったりする。


オレは芸術を解さないと公言してはばからない(異星)人がいると先日書いたが、発言の真意は、自分が美しいと感じる芸術がないではないか、という反論を意味しているのかもしれない。彼だって夢中になっているドラマがあり楽しみにしている趣味があり、美しいと見ているものはやはりある。


美とは何か?
ひと言ではいえない。人それぞれに定義は異なっている。


しかしこれだけは真剣に考えてみたい。
美の基準は異なっていても、美しさの概念そのものが欠落した世界に、人間はほんとうに耐えられるものだろうか。醜いものだらけに囲まれた絶望の世界で、はたしてひとは生き続けられるのか。おのれの美学を持たずに、自分を認めることすら出来ずに人はほんとうに生きていけるものだろうか。
結局、美とは生きる糧を作り出す根源の存在なのではないだろうか。





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