たぶん絵的なBLOG

画材店の店主がつづる絵画や画材のあれこれ

物覚えが悪いっていうのは

先週末、「老化」をテーマにした講演会をTVで見た。放送大学だったのだろうか、番組の途中からだったが、信州大学医学部長の大橋俊夫教授のわかりやすい語り口と、多岐にわたる内容にすっかり惹き込まれてしまった。


脳細胞というのは、生まれてから20歳までは数が増えるけれども、21歳から減少に転ずるということが分かっていて、一日に何百万という単位で死滅するのだそうだ。ざっと1年では億単位の脳細胞の数が失われるという。50歳くらいになると、ピーク時から数えると30億個以上の細胞が無くなっている。しかし脳細胞が死滅してもあまり自覚症状はなく、ただ物覚えが悪くなったり、身体に老化の徴が出てくる。身体の変化としては、シミが出たりシワができるというもの。


記憶のメカニズムは、脳細胞が手を伸ばしてとなりの脳細胞と連結して、神経の情報伝達物質であるセロトニンを授受することで成り立つ。連結により固定回路が形成されて、メモリーになるわけだ。ところが脳細胞はどんどんと死滅してしまうので、記憶の連結していた回路のどこかが歯抜けになってしまう。すると記憶がなくなってしまう。


また歳をとると勉強してもなかなか新しいことを覚えられないという症状も出る。若い頃はウジャウジャと脳細胞が頭蓋骨の中でひしめいていたので、神経細胞もちょっと手を伸ばせば、となりの細胞と連結できた。ところが何十億と死滅してしまうと、手を伸ばしてもなかなか連結できなくなる。となりの細胞が遠いのだ。


大橋博士は、こんな話は愉快じゃないでしょう。でもこういうものなんですよ。たくさん時間を掛けて勉強すればいいのですよ。歳をとったら仕方ないじゃないですかと語る。それも淡々と。
ここまで達観できている先生は、幾多の症例を目の当たりにして自然とこのような心境に導かれたのだろうか。


ボクたちは無意識に老化を嫌い、若いことに価値を見出そうとしたり若く見せることに多大なエネルギーを費やす。それは自然のままに、あるがままに生きているとは言えない。歳をとらずに永遠に生き続ける人はいないのだから、生命個体の終着は死なのだ。そんな事実から眼をそむけ、自然の摂理に逆らい虚勢を張って生きていた時代と、後世の人々は歴史に書き記すのだろうか。あるいは科学や医学の進歩は、それすら克服して不死を手にするのだろうか。