たぶん絵的なBLOG

画材店の店主がつづる絵画や画材のあれこれ

辻征夫『まつおかさんの家』

朝のお勤めの呪文のような言葉が、ほぼ毎日繰り返されている。
あるとき心の中の習慣に気づいた。
自分の場合、それは辻さんの『まつおかさんの家』という詩で、
詩作品というより、ぶつぶつとつぶやく心のうなりと言うのが正しいと思う。
で、詩としてはめずらしく、これほど暗唱されるのだから、
おそらく本望なんだろうと思う。
やさしい言葉で書かれて、それでいて人が生きていくひとつのシーンを
見事に切りとっていて、その端的さで心に沁みる。
こういうストレートさには、弱い。


読み終えると、中年となった辻さんがレインコートに手を突っ込んで、
何気ない横顔をみせながら、目の前をとおりすぎて行く映像が心に浮かぶ。

  まつおかさんの家
                  辻征夫

ランドセルしょった
六歳のぼく
学校へ行くとき
いつもまつおかさんちの前で
泣きたくなった
うちから 四軒さきの
小さな小さな家だったが
いつも そこから
ひきかえしたくなった
がまんして 泣かないで
学校へは行ったのだが


ランドセルしょった
六歳の弟
ぶかぶかの帽子かぶって
学校へ行くのを
窓から見ていた
ぼくは中学生だった
弟は
うつむいてのろのろ
歩いていたが
いきなり 大声で
泣き出した
まつおかさんちの前だった


ときどき
未知の場所へ
行こうとするとき
いまでも ぼくに
まつおかさんちがある
こころぼそさと かなしみが
いちどきに あふれてくる
ぼくは べつだん泣いたって
かまわないのだが
叫んだって いっこうに
かまわないのだがと
かんがえながら 黙って
とおりすぎる


             詩集『かぜのひきかた』から