たぶん絵的なBLOG

画材店の店主がつづる絵画や画材のあれこれ

奉納の弓の行事に参加

昨日、駒ケ根市東伊那の秋の伝統行事に参加して無事に終了した。この地域の常会(町内会のような組織)やその上の組織の代表12名が選ばれ、高烏谷(たかずや)神社の矢納(やおさめ)の神事(神前で弓を射る行事)をやることとなったのだ。弓を射る役目は弓子(ゆみこ)と呼ばれ、基本的にその地域に根差す覚悟の家の代表者、あるいは長男と決められていて、選ばれることは名誉なこととされている。一生に一度しかその機会はない。


説明によると、1712年(正徳2年)に御坂山大明神を祀ったときから始まった伝統行事で絶えることなく300年近く続く。この地域の塩田村の馬場右源治忠利という人が、諏訪下社の身射山(みさやま)大的式にならい復興したと伝えられている。この馬場家が代々、弓の指南役を務めて伝承してきた。


奉仕する弓子は、紋付黒和服に浅黄(あさぎ)の裃を着け、右腰に印籠、左腰に脇差の代わりに扇子を挿し、白い鼻緒の雪駄を履き、決められている所作にしたがい順次、神前にて弓を射る。2射を一立て(ひとたて)といい、五立て(計10射)を射る。


下の写真は、矢を射る前の瞬間で、肌脱ぎをして片肌を出し順序よく矢を射る準備をしているところ。行われる所作は、もともと武道の所作から由来しているらしく、矢を弓に番える(つがえる)と矢を射る態勢に入ったことを意味するが、番えた部分を右手で隠すと、まだ射ないという意思表示になると教えられる。また、射た矢が戻り次の一立に入る際には、蹲踞というしゃがんだ姿勢のまま、足元に置いた白い紙で板付(矢の先)をぬぐう仕草をする。おそらく血を拭くという意味ではなかろうか。



弓子に指名されたほとんどの人たちは弓に触れるのは初めてで、1週間前より夜遅くまでずっと所作と弓の取り扱いの特訓を受けた。私だけは平日東京にいたので、平日練習には参加できなかった。私も弓など触れたこともない。左手にマメをつくり、左手の内側につるが当たり青あざや赤あざを作って、先生方々に教えてもらって、なんとか射ることができるようになったというのが正直なところ。


他の弓子の方は自分より10歳から25歳若い人ばかり。私の年齢や体力ではほぼ限界に近い。しかし日本古来の文化に触れる機会の少ない今の状況にあって、弓子練習の中で感じ、触れた日本の伝統は貴重。一生に一度の体験、地域に認証されたことなど、今後にとって有益で、応援や準備をしてくださった方々に感謝したい気持ち。また、会社の後輩のTさんにも、直前に弓の指導を懇切丁寧にしてもらい、神事の際には応援に駆けつけてくれた。彼の指導がなかったらどんなことになっていたか判らない。



下の写真は、神事終了後のほっとした一同の整列写真。



この奉納の弓の行事は、別のサイトにも紹介されている。


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