たぶん絵的なBLOG

画材店の店主がつづる絵画や画材のあれこれ

野末陳平『定年病!』

筆者はかつて30年くらい昔によくマスコミにも出ていた売れっ子の作家、タレントのような人だった。まだ活躍されているのかとちょっと懐かしさもあり、変わった表題の本に惹かれて読んでみた。文章がこなれていて上手いなと感心した。以下、本書のあらすじ。

  • サラリーマン時代に密かに憧れていた有り余る自由と時間が、いざ定年を境に手に入ったというのに、何だか変だ。こんなはずではなかったと気づくところから、定年病は始まると陳平さんは言う。失うものの大きさに改めて気づくといったらいいのか。肩書きから始まって、給料、ボーナス、定期券、やれ文房具のボールペン一本まで。すべて自腹で買わなければならない。カレンダーだってそうだ。業者が暮れに届けてくれることを自明のこととしてウン十年。現役時代には自分で買ったことすらないカレンダーが手に入らない。
  • なにより一番のショックは、自分の居場所、定位置がないということだ。家の中には机も書斎もなく居所がない。今でゴロゴロしていれば妻にじゃま扱いされ、どこかに出掛けてくればと促される。さりとて地域の隣人たちとの付き合いを形成してこなかった男には、家の周りに友人なんていない。かつての職場の同期や後輩たちは、もう無縁の存在だ。それに、いちいち電車に乗って時間と金を使って会いに行かなければならない。
  • つまり、会社と関係が切れてしまった途端に、家庭にも地域にも自分の居場所がないことを自覚させられる。そして有り余る時間と自由。サラリーマン時代とのあまりにも大きなギャップに愕然とするというのが定年病の始まりというわけだ。こじらせると定年アル中になるとも言われている。


そんな状況の中に置かれた定年なりたてほやほやの男にとって、一番大事なのがカミさんと仕事だと分析する。とくにカミさんとの関係は重要だと指摘。

・・・しかも、定年は夫婦の危機なのだ。これに関して、新聞が衝撃的な事実を伝えていた。2006年の秋に生命保険会社の関連団体が、40〜50代の既婚男女を対象に訪ねた調査結果。夫が定年退職して夫婦で過ごす時間が増えることにどう思うかという設問の答えは、次のようだった。
夫  うれしい:48%  うれしくない:18%
妻  うれしい:27%  うれしくない:32%
見事にすれ違いの結果が出ているね。夫婦で過ごす時間が増えることについて、夫の半分が「うれしい」と期待しているのに対して、妻の3分の1は「うれしくない」と迷惑がっているのです。
P.65

えげつなくいえば、カミさんという名の、元は赤の他人だったオバサンと惰性で24時間も付き合わなければならない拷問と忍耐の日々、これが定年後なんですよ。
p.67

妻ってのはね、亭主が会社会社、仕事仕事で追いまくられているうちに、子育てを終わって、一人で時間を自由に使い、友だちを作り、好きなことをどんどんやって世間を広げ、とっくにもう自己を確立した別人格の女になっているのです。そういう自立したオバサンと昔のイメージで生活していこうなんてこと自体、無理に決まっているじゃありませんか。
p.68

えげつないいい方だけれど、妙に説得力がある。濡れ落ち葉と言われないように、対処法まで解説してある。

ここは、やせ我慢でも、男は自立していることを見せなければならない。女房に頼らない、アテにしない、足手まといにならない。これが亭主の自立である。
 こういうと、何いってんだ、オレが自立しているから家族を養ってこられたので、女房のほうこそ自立していないじゃないか、と反論する輩が必ず出てくる。
 これが大きな勘違い。亭主は寄らば大樹の陰、会社に寄りかかって生きてきたのであって、実は自立などしていなかった。女房のほうが、一人で家庭を切り盛りしているうちにしっかりと自立していたのだ。
p.144

なんだか完膚なきまでという感じでけちょんけちょんな亭主族ではある。


しかし後半には、自立し離陸できた男たちの成功例がいくつか紹介されている。それらを通じて論が進められるのだが、エピローグで語られるのは、次の言葉。

「加齢を気にせず、ハッピーに暮らすコツ---はなんだろう?」
・・・
 じゃ、その基本力とはなんだ?身近の友人・知人の生き方を観察してぼくが思うのには、「それは、人に好かれること」、これに尽きるのではないでしょうか。
p.175


平凡だけれど、この言葉の真実味には納得。