たぶん絵的なBLOG

画材店の店主がつづる絵画や画材のあれこれ

言葉にあやつられて

朝からフラフラと本を読んでいることが多い。
「ヘタな人生論より良寛の生きざま」という松本市壽さんの著書が
机の上にずっと置きっ放しになっている。通読というのではないが、
あちこち読んでいた。
ちょっと考え込んでしまった一文。

生きるため食べるために仕事をするのか、仕事をするために生きているのか、
何のために生きているのかという人間にとって最も大事な問いかけだが、
数千年も前から人類は考え続けている。
古代からの賢人も考え抜いてきたその回答は、この情報化時代ともてはやされる
現代の新聞にもインターネットにもどこにも書かれていない。(p49)

確かにそのとおりだな。
文字として、生きる意味を探したときにその回答はどこにも書かれていない。
ならば、人生は無意味なんだろうか。
あるいは人生の意味は言葉にならないのだろうか。
おそらく後者だとボクは思う。
言葉で問い、言葉で答えられる世界は限定的なものだ。
言葉はすべてをカバーしようとするが、
人生の意味や味わいは言葉よりもっと大きい。