たぶん絵的なBLOG

画材店の店主がつづる絵画や画材のあれこれ

不完全なるモノ

それは人間だ。
と始めから結論を出してしまう。


有名カメラメーカのCに勤めている知り合いから、以前聞いた話。
コンピュータを駆使して、光線の軌跡を完全にシミュレーションして、
完全なレンズを設計することは技術的には難しくない。
その知人の話では、収差のない「理想レンズ」を作ったことがあるらしい。
で、写真を撮り、品評会をやる。


するとぜんぜん面白くない写真になるのだそうだ。
ボクは、カメラの趣味はないのでよく判らないが、
不完全なレンズの方が、微妙な収差を生み、
なんともいえない味わいが写真に現れるのだそうだ。


有名楽器メーカのYの話。
その昔、有限要素法というコンピュータシミュレーションで
フルート形状を設計し製造、販売していた時代があった。
しかし、当時フルートを習っていた先生によると、
その「理想フルート」は、お話にならないシロモノだったらしい。


たしかに音は大きく鳴る。
吹き込んだ息のエネルギーを効率よく音に変換する構造は、
計算により実現できていたのだろう。
しかし楽器はただよく鳴ればいいというものではないらしい。


いぶし銀のような音とか、輝いている音とか
無限に変化する音色の世界が、魅力の源泉なのだろう。
いわば理想の音に、雑音を加え、不完全にすることで、
深い味わいというものが出てくる。
どのくらい雑音を加えたらいいか、どの音域に加えたらいいのか。
それは経験をつんだ名人が、小刀を持って歌口をひと削りして仕上げる
神業の世界だそうである。


ボクたちは不完全さを介して、「美」を見ているのかもしれない。
欠けているところを通じて、心の中に「完全なるもの」を、
立ち昇らせるのかもしれない。