たぶん絵的なBLOG

画材店の店主がつづる絵画や画材のあれこれ

こころの変化

クレオメ

多忙な日々を送るうち、自分の中で何かが変化したと感じるようになった。
それはうまく言葉の表現に置き換わっていないけれど、
こころのどこかから送られてくるメッセージが変化したのだ。
こころの深いところのメッセージが聞こえるようになったこと自体が、
これまでになかった不思議なことだと思う。


これまでの人生で、こころの深層部分から
こんなメッセージが鳴り響いていたように感じる。
「今の自分ではダメだ」
「何かをしなくてはならない」
「負けてはいけない」
「変わり続けなければいけない」
・・・・・・・・・・・


こんなメッセージが鳴り響くたびに、いつの間にか、
現実の生身の自分の不勉強を恥て、
自分のふしだらさを隠して、
自分の不完全さを嘆き、
そして頑張らなくちゃいけないんだ
という結論に導かれる。


それは間違いだと感じるようになった。
そういう常に進歩し続ける必要のある人生観というのは、どこか脅迫的であって、
人を操作するために誰かが考え出した手法なのではなかっただろうか。
それは学校教育とも深く関連するだろう。


昔見た映画に『ダカタ』という映画を思い出した。
エリートでない遺伝子を持つ自分をごまかし、
エリートに成りすます青年の話。悲しい話だ。
そして妙に心にひっかかるテーマだった。


進歩思想のおかげで、ボクたちは目の前の現実、自然、生き物、
そして自分自身すらを否定して生きることを、当然と思うようになっている。


振り返ると、長いこと植物を育てることなぞ、
まったく関心の埒外だった。
花の美しさがいつも、はっきり伝わらなかった。
風景もおなじ。
美しいとどこか感じているのにそれがクリアに見えない。
それがなんとももどかしかったのだ。
目の前を否定する観念が、邪魔をしているんだ。


いまのこの瞬間をホンモノではない、
あるいは完成ではないと感じるように仕向けていると思う。
そういう観念のベールをかけてしまう魔法の粉末を、
知らず知らずに使って、自分に降りかけている。


人生をプレゼントしてくれた創造主や、
周囲の人に報いる道とは、このようなことではないはずだ。