たぶん絵的なBLOG

画材店の店主がつづる絵画や画材のあれこれ

愚かさについて

グラシアンの言葉の中に、めずらしいトーンの言葉がある。

●自分の愚かさに気づく

・・・
まったく不思議なことだ。愚か者だらけのこの世の中で、誰も頭を働かせたり、
自分もひょっとしたら愚か者かもしれないと思ったりはしないのだから。

賢者といわれているグラシアンでも、失敗したり、後悔したり、人には言えない
恨みを隠していたりしたのだろうか。自らを愚か者だとしみじみ振り返ることが
あったのだろうか。


箴言集というのは、一見すると自らを高い立場におき、知恵の数々を記すという
風情で書かれるのだが、しかしその姿勢の一点張りでは、やがてその薄っぺらさが鼻について、
飽きが来て、放り出してしまう。
自分は偉い、賢いとの知恵の披露の連続で、そう言われれば言われるほど、
読まされるこちらは何となくその反対の愚か者であるという図式を押し付けられる気がする。
知恵の言葉は、いつもそういう危険を孕んでいるものである。


エラソウなこと言ってるけれど、実は己の馬鹿さ加減にはあきれているんだよと
言ってくれると、なんだか懐の深さを感じて親しみを覚える。
言葉を変えれば、自分を神化しない、自分を相対化し、自分を笑う姿勢ということだろう。