たぶん絵的なBLOG

画材店の店主がつづる絵画や画材のあれこれ

ドイツ女性の参禅記

先日、リース・グレーニング著『隻手の音なき声』を読み終えた。
ドイツ人女性が、はるばる日本までやってきて、相国寺にて雲水らにまじって、
本格的に禅を修行する物語だ。


昔から禅には惹かれつつも、なかなか自分自身が参禅する勇気や時間がないために、
ついついいろいろな参禅記に手が伸び、読んでしまう。
その背景には、禅の中核にある悟りというものを、理解したい気持ちが働いているのは事実。


著者のグレーニングさんは、言葉の壁を乗り越えて、老師に叱咤激励され、
警策で叩かれ追い詰めながら、公案をいくつかパスしていく。
与えられた公案は、白隠禅師の有名な「隻手の音声を聞け」というもの。
つまり両手で手を打てば、打った音がする。ならば、片手だけで打ったときの
音を聞いて来い、というもの。


ドイツ観念論の発祥の国柄だから、当初、西欧哲学そのもののアプローチで、
公案を解こうと挑むが、東洋世界で大切にされる無我の状態というものが、
なかなか理解できない。その理解できなさが、延々と観念的な言葉により記述される。


むしろ、禅堂が発散する雰囲気を手がかりに、
静寂とか自然との一体感という感性的な側面から
禅というものに接近しようとするのは、やはり女性だからだろうか。


意識して考えてから行動があるという西欧哲学の枠組みがやがて崩れ、
苦労を重ねて、意識する前の世界の存在と、
そこに息づく己というものの存在を掴むようになる。
このあたりは、読んでいて感動的だった。


残念ながらグレーニングさんは、故国ドイツハンブルグで、
病のため修行途上で亡くなってしまう。1987年。享年87歳。