たぶん絵的なBLOG

画材店の店主がつづる絵画や画材のあれこれ

石膏デッサン その3

昨日、絵画教室で石膏デッサンのその3を始めた。
「描きごたえがあるけれど、半身像をやる?」
との先生の問いかけに、素直にハイと答える。
物置部屋から、円盤投げ半身像という石膏モデルを運んでくるのがちょっと大変だった。なにせ重い。高さは1mくらいあるだろうか、石膏というと軽いイメージがあるが要するに石である。もうひとりの男性の生徒さんと二人がかりで運ぶ。


横顔がとても美しいのだが、比較的正面を向いたアングルで描くこととした。横顔アングルは次の機会に描こうと思う。2時間半ほど、ラフスケッチの感じで木炭を走らせ、形をとり、形を整えたりした。
途中、先生がこの半身像の立ち方について実演して見せてくれた。曰く、左足に体重をかけて立っているので、重心の線は左足に落ちている。胸の重量はその線に乗るのだが、人間の立ちかたとして、このとき左腰は右腰よりもち上がるので、その辺をよく見るように。
時間はあっという間に経過し、教室の午前の時間は終了してしまった。


教室の時間が終了したときの石膏像と木炭デッサン。木炭紙に木炭。2時間半。


まだまだ首とか頭が描けていない。時間が足りねぇ〜という感じ。
先生のコメント。

光の当たっている石膏像の部分がいくつかあるが、光の流れを意識するように。また影の部分にも流れを意識するように。
(おそらく、大きな像を描く場合、部分部分の濃淡を描いていると全体のまとまりを失いやすい。いわゆる木を見て森を見ない状態。半身像に現れている光と影を、ひとつのまとまりとして捉えるために、明るい部分の流れ(運動感)、と影の部分の流れを意識せよという意味だと解釈した。)

また、以前にも教えていただいたことだが、構図に関して再度コメントをいただく。

下の部分のモモの切れている線をしっかり描くこと。ここを基準にする。上の頭は切れてもいい。すっぽり頭を入れて描いてしまうと、絵が小さく感じられて迫力が無くなる。(デッサンだって表現のひとつだ。見るものに迫る、いい絵を描けという意味だと解釈。勝手な解釈かも知れないけれど・・・)

描いていて気がついたことがある。背景は無地でなく木炭を乗せていったほうが、トーンの取り方はやさしい。無地は最も白い部分だ。何も描かないと石膏像との明暗の関係で、背景がいちばん前にせり出てきているように感じ描きにくい。


さて、頭の部分のいい加減さが気になって、家に戻り1時間ほど手を入れる。

なんだかまだキッチリしていない。胴体部分と頭の比率や、つながっている首の部分がうまくいかない。昨日の段階で、こんな感じだ。
あと6〜8時間は格闘が必要だろう(先生もあと3回くらい教室で描くようだねと言っていたし・・・)