たぶん絵的なBLOG

画材店の店主がつづる絵画や画材のあれこれ

日々、徒然草をながめている

栗ばかり食ってご飯を食べない娘の逸話を徒然草でたまたま目にして、それ以来いつも手元に徒然草を置いてパラパラと眺める習慣となった。といっても自分もリタイアして隠遁生活をしているので共感を覚えるというわけではない。ちっとも引退などせず、逆に以前より忙しい日々を送っている。


高校生の頃、お決まりの科目として古文の授業があり、徒然草の読解がでてくるが、ぜんぜん面白いとは感じなかった。冒頭の序段文章の暗記をするくらいだ。妙に説教くさくていやらしいとさえ感じていた。


それが、兼好法師の息遣いというか、言っていることの生々しさを妙に面白いと感ずるようになったわけだ。日ごろから読むようになるのだから、相当な年月を経て後そんな年齢になってしまったということでもある。


そのきっかけになった頃の記事を、以下に2本転載しようと思う。
あるコミュニティーサイトの日記に書いたものだ。


※付記
1ヶ月以上のブランクの後の更新で誰も見ないんじゃないかなと思っていた。
しかし、アクセス数をのぞいて見たら、なんと!
更新されていないBLOGをマメに見てくれている方が結構いらして、本当に申し訳ない気分になった。
さらに言うと、あちこちのサイトに書き散らしているスタイルにも、なんだか飽きてしまった。自分の書いた文章がどこにあるのかが分かりにくくなる。それに精神分裂ぎみになる。それぞれのサイトの筆者というのは別人格になっていくところがある。
なので、分野なんか気にせず、自分の興味の向くまま書けばいいのだ、という開き直りの気分になっている。

■ちょっと愉快な気分かな・・・(転載記事 その1)


徒然草の本を購入したのは、はるか昔、30年以上前だ。さすがに虫喰い跡なんかあって、ボロボロな感じ。持ち歩くには、ちょっとねぇ・・・


新しい本でも買おうかと本屋さんで探してみるものの、いま文学書をおいている書店は、この駒ヶ根周辺にはない様だ。


たしか嵐山光三郎さんの意訳本の徒然草があった。それが欲しかったのだけれどね。昔立ち読みして、とても面白かった。でもそれも幻で、買えなかった。あのとき買っておけばよかった・・・


結局、仕方ないので、高校生向けの参考書として出版されているものを買った。税抜き750円。安い。


でも思わぬ余禄があった。
前日記「そこはかとなく可笑しい」でふれた第四十段の、栗ばかり食べている娘の話が訳してあるかなと探した。この参考書は抄録なのだ。


見たら、あった。
解説を読んだら、この段は、小林秀雄さんの随筆に取り上げられている段らしい。『無常といふ事』の中の徒然草で、鈍刀で彫られた名作と記されているらしい。


「これは珍談ではない。徒然なる心がどんなにたくさんのことを感じ、どんなにたくさんなことを言わずに我慢したか。」と結んでいる。


小林秀雄さんもこの段に惹かれていたことを知って、ちょっと愉快。徒然草は、多少説教くさいところもあり、それが鼻につくのも事実だ。


そのためか、この段のように事実を短く記しただけの文章は、かえっていろいろな含みを感じていい味と感じる。


兼好法師も、蛇足的に説教を垂れることもできただろう。それを、あえて言わないことで、余韻を残している。


でもそれにより、物言わぬは腹ふくるるわざなり、とまあ筆者としては苦しくなることもあるわけだがね・・・
(正確には第十九段の、おぼしきこと言はぬは腹ふくるるわざなれば・・・という文章だ。蛇足。)


■そこはかとなく可笑しい(転載記事 その2)


学生のころ、徒然草が教科書にとりあげられていて、いくつかの代表的な段は読まされたように記憶している。たいてい、妙に訓話的な節が取り上げられていたため、徒然草は、なんだか堅苦しい読み物というイメージになっていた。


それでも、ある程度の年齢になると(まあ定年、リタイアの年代ということだが)、ふといくつかの徒然草の文章の断片が脳裏によみがえることがある。それほどまじめに勉強したわけでもないのに、けっこうそれを思い出すということに驚く。


記憶が良いというより、長年生きてくると、思い当たるフシがたくさんあると言うことである。思い当たるフシとは、やらかしてしまった失敗なのだが、たしか兼好さんがひとこと言っていたはずだよね、と思い出すのだ。後世にまでけっこうな浸透力を働かせている兼好さんである。


で、ある程度の年齢になってから読んでみると、それほど教訓的ではないということに気づく。やっぱり教科書は、教育的配慮で作られているんだな(当たり前か)。


第四十段に、栗好きの若い女性の話が出てくる。この女性、けっこう美人だったらしく、大勢の男から結婚を申し込まれていた。ただ栗が好きで、ご飯の類を食べなかったらしい。兼好さんは、サラッと書いている。その親は、こんな変な娘を嫁に出すわけにはいかないのだと、結婚を許さなかった、と。


文章はこれだけなのだが、兼好さんはいったい何のためにこの文章を記したのだろう。ちょっと不思議でもある。むろん米を食えと言いたかったわけではないだろう。


あえていえば、娘が娘なら、親も親だな・・・と言いたかったのかな。
「娘も人前では、米くらい我慢して食べればいいのに・・・
いっぽうの親も、そんなことで肩肘張って娘の人生を縛ることもないだろうに・・・どっちもどっちだ。」
「でも人生は、そんなことが多いもんだよね・・・」
そこはかとなく可笑しい話ではある。